不在の騎士

不在の騎士 (河出文庫)

不在の騎士 (河出文庫)

 さて、カルヴィーノ御大の、こないだめでたく文庫化された一作を。「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」と続く<歴史>三部作の一つです。かくいう俺は残りの二つを読んだことないのですけどね。
 主人公の騎士アジルールフォは実体を持たず鎧の中はからっぽという、ドラクエさまようよろい的オジサマです。この話はシャルルマーニュの軍隊に属する彼とそれを取り巻く人々の冒険譚です。でもカルヴィーノだけあって、やはり形式が一捻りしてありまして、これは物語を書くという行を課せられたある修道女が書いている、という設定のメタフィクションになっています。彼女は書きながら、「こういう場面はうまく書けません」などと言いつつ話をあっさりすっ飛ばしたりするので、おかげでこの話が尚更作り話っぽくなっていくのですが、この作品、そのまんまでは終わらないオチが一応残っています。とりあえず読んだ時は「おいコラちょっと待てい」という感じでしたが(笑)。
 アジルールフォは実体がなくその存在を留めるのがその鎧だけなせいか、妙にきっちりした性格なのが面白いです。逆にきっちりとした細部にこだわりすぎて、核心に辿り着けずぐるぐる周り続けるってとこも彼らしいなあと。その最たる例ともいえる、プリシッラと一夜を過ごす場面は、今まで本などで読んだセックスシーンの中でも一二を争うぐらい面白かったです。あーいうアホくさいやりとり大好き。カルヴィーノの作品のいいところは、考え出すといくらでも考えられるくらいの裾野が広がっているにもかかわらず人当たりがいいというか、読み物としても十分に面白いところだと思います。
 彼のお供となるグルドゥルーは、存在を持たないもう一人の人物としてあらわれてます。アジルールフォは実体がなく自己という存在だけがあるけれども、グルドゥルーは実体はあるけど自己がなく、目の前にあるものを全て自分だと思ってしまう(スープを食べていると自分がスープであると勘違いしてスープに食われようとする、など)。全てである、ということは無である、ということとほぼイコールなわけですが、このグルドゥルーと存在しないアジルールフォがこの物語の中で最も存在感があるのが面白いですね。小説の中では、存在しないものが存在となることができるのかもしれません。