ラス・マンチャス通信

ラス・マンチャス通信

ラス・マンチャス通信

 さて、確か数日後に二冊目の単行本が出る平山瑞穂氏のデビュー作。彼もこないだの森見氏同様、日本ファンタジーノベル大賞受賞者(この作品が受賞作)でありはてなダイアラーです。積んでたのをようやく読みました。読み始めたらするする進んじゃって、一気に読了。結構面白かったっす。しっかし、コレ読んだ後だと、二作目の「ワスチカ」がどんなものか全く想像つかない(笑)。ちなみにこの文章、後のほうの解釈に行くにつれてネタバレ出てきますのでご注意。
 いつものようにあらすじから入りたいとこだけど、なんとなく説明しづらいです。プロットの流れ自体は結構抑揚があって楽しめるのだけど、それはたとえば推理小説のような、高低差があるけれども直線の一本道、という感じの進み方ではなく、色々なところをぐるぐる迂回しながら中心に近づいていくのだけど結局そこを旋回するまま、という感じでしょうか。なので、物語の導入部だけ簡単に。主人公である「僕」は両親、姉と一緒に日本のどこかの一軒家で暮らしているが、そこには昔から、「アレ」と便宜上名づけられた謎の生き物が住んでいる。「アレ」は家の中で異臭を放つ小動物(?)を虐待して遊んだり、姉に欲情してすり寄ってみたりと色々やりたい放題なのだが、「僕」たちは「アレ」に逆らってはいけないとしつけられており、ただ「アレ」がそこにいないかのように振舞って日々を過ごしている。しかしある日「アレ」が姉を襲おうとして…みたいな感じです。あくまで第1章導入部ですけど。ちなみに5章構成です。
 ここの部分を見てもわかるように、結構現実にはありえない要素が初っ端から作品の中に組み込まれているわけですが、別に変なクリーチャーががしがし出てくるのではなく、読んでいくごとに、異常は異常なのだが思ったよりも現実に近いくらいのレベルで話は進みます。これはおそらく、「わからないものはわからない」という書き方で書かれているからかと思います。物事の渦中にいる主人公も、読者たちと同様、「アレ」が何であるかとか、移り住んだ町に灰が降る理由などはわかっていないし、結局わかることもありません。自分たちの日常でも、こういう風にわからないで済ませても何だかんだで生きていけることばかりですが、この小説ではその「わからなさ」がより強調されている気がします。
 でも、主人公は少しずつその「わからない」ものの中心(と思われるところ)に、まるで何かが彼を引き寄せているかのように近づいていきます。というよりは、彼のほうにその「わからない」ものが少しずつにじり寄っていくと言ったほうが近いのでしょうか。それこそ消えない染み、「ラス・マンチャス」のように。こういう、何か異様なのだけどそれをあえて見ない、という感じのイヤーな気配は作中通して漂っていますね。
 そんで、ただ「イヤーな感じ」というだけではただのファンタジーで終わるのですけど、この話は多少歪んだ家族話、という軸もあるのは言っておかなきゃいけないかと思います。主人公一家は結構円満、というか仲がいいと言ってもいいような家族関係なのですが、その実は少しいびつです。主人公と姉との関係が近親相姦的というのは言うまでもないでしょう。父親は、親切さの裏にさりげない命令の気配を感じさせるようなタイプで、主人公はそのソフトな力の影響下にやんわりと組み敷かれているんじゃないか、というような印象も受けます。そして第一章のタイトル、「畳の兄」。この兄ってのはやっぱり「アレ」以外に考えられんのですが、この本来存在しないはずの兄を殺したことによって、主人公は(何故か)家族を失うことになります。しかし、これは兄を殺して姉を奪った、という風に解釈すると、ある種の倫理的な「罰」なのでしょうか?そしてその後姉は結局ああいう相手と一緒になり、最終的にああなってしまうわけですが…。稲河たちとの擬似家族的な生活も無視できないだろうし。うーん、この辺色々ツッコミどころがありそうですが、自らの参照する知識の乏しさなどもあってまだあまり言えなさそうです。
 主人公の性格も結構特殊ですね。Mの皮を被ったSというか(笑)。まあ由紀子との関係とかからそう連想しちゃうのは多少安直かなと自分でも思いますが、そういういやらしさは正直ちょっと共感できます(何を言い出すんだ俺は)。自己顕示欲が強いけどそれをうまく吐き出す術を持っていないというのも面白い。こういう、主人公の抑制された欲望と、この小説の異様なファクターはだいぶ繋がりがあるように感じられます。ミス矢萩なんか、このあたりに絡んできそうな気が…。
 ん、こういう流れで考えると、秘められた欲望との対峙、みたいな話になりそうですね。それが異様な形をもって具現化されているような気がしてきます。そう考えるとラストなんか意味深だなあ。小嶋がアレと繋がって見えるし。主人公の欲望を実現に移すのは常に他者であり、その他者を主人公は破壊するわけで、ここにアンビヴァレントな欲望のあり方が示されてるんでしょうか。
 そういえば、この本、表紙と帯のイメージが強かったんで、読んでみたらちょっと印象違って驚きました。表紙の田中達之の絵は書き下ろしではないのは知っていましたが、こういう世界観の中で進むのかと思いきや結構現在の日本に近い設定で、「アレ」も思ったより人間に近いらしく、しかも主人公姉弟も意外に年食ってたので、イメージの修正にちょっと手間取りました。この絵、そういう具体的要素を抜きにすれば結構合ってるし個人的にはすごく好きなんですけどね。画集買ったくらいだし。帯は帯で、「黒い染み」が本当に追ってくるような話なのかと思ったらそんなことはなく(笑)。まあ通低音としては流れてるんですが。帯の背表紙側にある文も本文中に出てこないのね。コレ読んで、中学生男子の暗い日常と非日常みたいな話を連想してたんですが、読んでみたら思ったよか舞台が広かったです。