八木一夫展

 というわけで、終了ギリギリになってようやく行ってきましたよ。これ見逃したら後悔するだろうなーと行く前に思ってたけど、行った後の今、見逃してたら本当に後悔してただろうなーと本気で思います。すんごい良かった。

 生かじりの知識しかないが一応紹介。この人はどういう人かと一言で言えば、前衛陶芸家。「オブジェ焼」とか言われたりした、器としての機能を求めたものではなくむしろ彫刻のような作品を生み出した人っす。一目作品を見ればそれはすぐわかるかと。代表作の「ザムザ氏の散歩」とか。
 何にやられたって、一つ、彼のユーモア感覚にやられた。会場に入ってすぐ目に入る「春の海」という作品は、一見壷みたいだけど、上部になんか魚のヒレみたいなものがいくつかにょきっと生えてるのね。そしてすぐ、水面に体を少しだけ出してまた沈む魚の様子が浮き出ているのだと気付く。壷が水面に模されてるのかと。ベタな手品に綺麗に騙されたような気分になって、妙に嬉しくなった。他にも色々、パウル・クレーの絵や五味太郎の絵本を見ているときと同じような感覚を覚える作品(しかもそれが立体化しているのだからなお面白い)とか、力が抜けているがきっちりストライクを射抜くタイトルとか、いちいち洒脱だなあと。素敵。そして二つ、そのスタイリッシュさ。もうね、インテリアとして家に欲しい!とか思わせる作品があったりするのよ。ミニマルな部屋に置きたくなるようなデザイン感覚(別にうちは全くもってミニマルではないが)。かっこええ。白化粧(でいいのかな?)を用いた作品に特にそれを感じたなあ。彼はその創作の初期に、「新しいものと古典の結婚」を目指していたというが、それで「新しいもの」と「古典」の中間点に行くんじゃなくって、「新しいもの」よりさらに先に行っちゃってる(笑)。別にそんなに昔の人じゃないけれどね。それにこのインテリア的っていう印象は、やっぱり元々生活に繋がったものである陶器というものだからこそ生まれんかなと。
 陶芸について俺はほぼ何の知識も持っていないので迂闊なことは言えないが、その上で少し。いわゆる「陶芸」とはだいぶ違うと思うのだけど、かと言って単なる彫刻かと言われればそうでもないんだよね。多分この感じは陶芸じゃなきゃ出せない。この感じってどんな感じかというとテクスチャーはもちろんのこと、その空間性の異質さかな。まず花瓶や壷にミロなどを彷彿とさせる抽象的なモチーフが描かれている作品がいくつかあるけど、それを見ると、二次元と三次元が奇妙な共存をしていることに気付く。焼物という三次元の表面を少し潜ったところに、抽象絵画の二次元が閉じ込められているように感じるんである。焼物にそのまんま図柄を描いたり塗ったりしたんじゃあこういう質感は生まれないんじゃないかなあ。一つの作品内で二次元と三次元が響き合って、多少無理矢理な言い方をすれば二・五次元的な空間性を生み出しているよーな気がするんです。
 また「ザムザ氏の散歩」などの、もはや器ではないオブジェ的作品においても、上記のものとは別の意味で独自の空間性がありそう。「雲の記憶」とかはその作品自体にも当然目が行くけど、その作品が置かれたことによって区切られその周囲に出現する空間にも意識が行くんだよな。こういうところは非常に日本的だなあと。まあそりゃあこういう立体芸術においては当たり前のことである気もするが、彼の作品は見る者に、普通よりだいぶ「空間を見る」ことを強いるように思える。覗き込んだり後ろから見たりすることで別の側面が見える構造になってる作品(黒陶のシリーズに多かったなこういうやつ)などをしっかり見るためには、ある程度動かなければ不可能であるが、動いた時点でもう彼の術中というか(笑)、いささか強引に空間に気付かされるのね。しかもそこにユーモアがあるから、踊らされてもニヤニヤしちゃう(笑)。
 彼は特別、他の表現形式への意識が強かった人みたい。彼の父も陶芸家だったために彼はそれを主な表現形式として選んだようだけど、その作品を使って版画をやったりしているし、文学にも造詣が深く文章も数多く書いてるし、作品を見ての通り絵画への関心も非常に強い。むしろ彼は陶芸家になるという道が主な選択肢としてあらわれる環境にいなかったら、別の表現形式を選んでいたんじゃないかと思うくらい。もしそうだったら彼は一体どういう表現者になっていたんだろか。そんなことを考えていて、自分の陶芸に対する意識がある種外国人に対する好奇の感覚と似ていることに気付く。自分の中で、芸術的な表現形式を序列化した場合、上位に絵画や文学などが来て、日本の陶芸がそういう並びに属することにちょっと珍しさを覚える、そんな意識。自分の中のオリエンタリズム的なものに気付いた、みたいな(笑)。八木一夫の作品自体、そのような表現形式への憧れも多少感じさせなくもないが、逆にそれだからこそ俺が自分の中のこういう意識に改めて気付いたわけで、なんというか色眼鏡を外すきっかけを示唆してくれたようでちょっとありがたく思う。当然ジャンルの好き嫌いはあるけれど、色々なものを見て自分の視野を広げることは決して損ではないだろうと。

 なんか長くなった上に理屈っぽい感想になっちまったなあ。でもとにかく、これはおすすめします。21日で終わってしまうので、ちょっとでも興味持った人は速攻で目黒に飛びましょう。あと庭園美術館はおデートにも最適なので、気になる異性をどこにデートに誘おうか悩むボーイズ&ガールズにもちょっとオススメしておきます(その結果どうなろうと当方は一切責任を持ちません)。まあ俺は一人で行きましたけどね!
 あと図録がかなーり気合い入ってます。多くの作品が、1ページにつき1つの割合でどでーんと載っているし、写真も「この質感を伝えよう!」と思って撮っただろうなと感じる良い出来。八木一夫に関する文章も数多く載っており、これで3000円は安いですマジで。まあこれ買ったおかげで俺の財布からは一時的にお札が全部消えましたけどね…(笑)。ATMが近くになかったら昼飯を食うどころかバイトにも行けねえと、多少焦りました。