ベルナール・ビュフェ展

 実は俺とビュフェの出会いは10年以上前にまで遡る。だいたい幼稚園〜小学校あたりにかけてだったと思うが、俺は毎日必ず彼のある絵を見ていたのだ。玄関に彼の絵のレプリカが飾ってあったから。頭頂部ハゲなのに残ってる部分の髪長くて直毛のおっさんがブプーとラッパを吹いている絵(こう書くとマヌケですね)であり、その異様な表情と不穏な空気が幼心にも多少怖かった。今思えば何でよりによってあんな絵を玄関に飾っていたのか謎だが、それがビュフェの絵であると知ったのはだいぶ後になってからである。そんなビュフェと再会できるチャンスが巡ってきたのだから、行かないわけには行くまいて。とか言いつつ終了数日前にならなければ出向かない己の怠慢に相も変わらず呆れる。
 結論から言うと、非常に良かった。ビュフェという画家がどういう画家かということが大体理解できる展示だったと思うし、何より俺は彼の絵がとても好きみたいだ。特徴としてはまず非常に太くてバキッとした直線。書かれている人・モノのフォルムが硬質で、モヤモヤしていない分一目見ただけで脳に刻まれるようなインパクトがある。それと色使い。初期の作品ではくすんだ色使いが中心で、時が経つにつれハッキリした赤などの色彩も多く登場するようになるけど、なんかマティスだとかの色とは全く違って、溌剌とした生気が感じられないのが面白い。例えるなら同じ赤でも、トマトの赤ではなくて錆の赤。そのようなざらつきが硬質な線とよく合う。
 このように書くと彼がものすごく殺伐とした絵ばかり描くように思われるかもしれないが、まあ実際に殺伐とした絵はたくさん描いてるんだけど(笑)、不思議とにじり寄ってくるような圧迫感は感じられないんだよな。なーんかコミカル。というか、その描線は結構漫画っぽいんだよね。人物画、特に自画像を見ればそれが一番わかりやすいような気がする。まだ若い頃のものはどことなくうつろな雰囲気が漂うけれど明らかに顔がキャラクター的な方向へ抽象化されてるし、もうちょっと年取った時の自画像はなんか苦虫を噛み潰したような表情で逆に笑えるし、老けて髭ぼうぼうになった頃の自画像に至ってはブチ切れたラスプーチンみたいな顔に描かれててオッサンやり過ぎだよと(笑)。ユーモアってのとも多少違う気はするんだけど、ガッチガチに真面目すぎる感性の持ち主ってわけでもなさそうだなあ。
 彼の線は風景画とかとも相性がいいね。フランスの景色や街並みを描いた作品とか、うまい具合にハマッてるなあと。でも見てるとなんか絵自体に違和感が出てくる。しばらく見ててそれが何でか少しわかった。彼の絵、なんか空間認識がおかしい。一般的な遠近法みたいに、スーッと奥に伸びていかないけど、かといって完全に平面的なのとも違う。なんかね、普通の遠近法が50メートル走をするようにスムーズな空間認識だとすれば、彼の絵の中ではハードル走してるような感じ。ある程度奥に行くごとに区切りがあって、なーんか前方と奥で次元が違うような奇妙な感覚を覚える。あと、港を描いた作品では、風景自体は普通なのに、船に関してはその窓や側部などが船の形をした木の模型に模様を書いた紙を張り付けたような二次元感があって、どーもひっかかったなあ。彼の静物画もどっか歪んでて不思議だし。
 上記のような作品が並んでる中に、たまに突然印象派風の作品が出てきたりするからウケる(笑)。同行者と話した結果、これは「こんなもんしか描けねーのかYO」と誰かにバカにされたビュフェが「ナメられてたまっかよコナクソー」と発奮しちょっとテクを見せ付けたものなんじゃないかという結論に(信じないように)。でもそういう作品も実際うまく描けてるので技術はしっかり持ってる人みたい。崩したような絵を描く人って大体何描いてもうまいよね。
 家にあった作品の本物は残念ながらなかった。しかし彼の作品はレプリカや写真じゃなく本物を見た方がいいね。その厚塗りの存在感とか筆のタッチは紙の上じゃわからん。「あじさい」とか生で見ると結構感動するよ。